第二話 交錯、届かぬ思い
あゆと舞の死闘が終わり、リング上では名雪と栞が対峙していた。
アンドロメダの聖衣にいつものストールを身にまとい、静かにリングにたたずむ栞。
こちらもキグナスの聖衣に身を包み、能天気な表情で微笑む名雪。
この試合で勝利を収めるのは真のヒロイン名雪か、あるいは病弱と言う特殊設定から隠れファンの多い栞か。先ほどの試合の興奮の冷めないスタンドは、二人の登場をウェーブで迎えている。
「ふう〜……」
だが、リング上の栞の表情は、なぜか暗く沈んでいる。
「栞ちゃんどうしたの? もうすぐ試合が始まるんだよ」
「名雪さんは……むなしいとは思いませんか?」
栞の問いかけの意味がわからず、首を傾ける名雪。
「いくら祐一さんへの告白権を得るためとはいえ、傷つけあわなくてはいけないなんて……」
栞の問いかけの意味を悟り、名雪は息をのむ。
「……お姉ちゃんに会えると思ったのに……」
「う〜ん、う〜ん……」
そのころ、会場に設置された医務室のベッドの上では、あゆが食べすぎで目を回していた。
「いかに直撃をはずしていたと言っても、牛丼昇龍覇の威力は伊達じゃないから……」
そのそばでは舞があゆの看病をしている。
「それよりもあゆ、気がついてた?」
「うぐぅ〜……なにが……」
「さっきから、会場内が異常な小宇宙に満ちていることに……」
試合開始を告げるゴングが鳴り響く。会場に詰め掛けたファンはお目当てのヒロインに向かい、あらんかぎりの声援を上げた。
「とにかくこうなっちゃった以上、戦うしかないと思うよ。それとも栞ちゃんは、祐一のことはあきらめるの?」
「そんなことを言う人は嫌いです」
栞はいつもの様子で膨れるが、それもすぐにいつもの笑顔に戻る。
「じゃあ、いくよ栞ちゃん。イチゴサンデーっ!」
名雪の右こぶしから、程よく冷えたイチゴサンデーが放たれる。赤いイチゴと白いクリームが描くコンストラストが絶妙な、名雪のお気に入りだ。
「ネビュラストール!」
栞のまとったストールが自然に動き、名雪のイチゴサンデーを口に入る直前で叩き落す。
「栞ちゃん、そのストールは……」
「このストールは相手の小宇宙に反応して、鉄壁の防御陣を敷くことができるんです。つまり名雪さん、あなたの技は私には通用しないんです」
「そんなことはやってみないとわからないよ〜」
再度名雪はイチゴサンデーを放つ。だが、放った直後に名雪の表情は幸せそうに緩みきっていた。
「うにゅう……やっぱりイチゴサンデーは美味しいよ〜……」
栞のネビュラストールには相手の放った技を跳ね返す能力がある。つまり名雪は自分の放ったイチゴサンデーに酔いしれてしまったのだ。
まさに攻防一体、恐るべき栞のネビュラストール。
しかし、こうなってしまうと名雪には打つ手がない。このままイチゴサンデーに囲まれる幸せに浸るのもいいが、それだと祐一への告白権を失うことになるし、それだけはなんとしても避けたい。
自然と闘いは膠着状態に陥っていった。
再び医務室。
「それってどういうこと? 舞さん」
「私たちヒロインの放つ小宇宙とは違う、別の小宇宙を感じる。そして、その鍵を握るのは、たぶん栞のストール……」
「栞ちゃんのストール?」
舞は小さくうなずいた。
「栞のストールは相手の小宇宙に応じて陣を敷く。だから、最初にこの小宇宙の正体に気がつくのは……」
リングの上で静かににらみ合う名雪と栞。だが、突然栞のストールがわさわさと動き出した。
「きゃっ、なに?」
突然動き出したストールに引っ張られるように、栞は場所を変える。
「どうしたの? 栞ちゃん」
「わかりません、ストールが勝手に……」
栞のストールは勝手にうねうねと動き出し、目の前の名雪を無視してとんでもない方向に防御陣を敷いた。
それはともかくとして、ひとりでにうねうね、わさわさと動くストールというのはどうにも気持ちが悪く、ホラー映画でも見ているような気分になる。
「気をつけてください、名雪さん。おそらくストールは、私たちの危機を伝えようとしてるんです」
「危機……?」
「はい……この先に恐るべき小宇宙を持った人がいます」
名雪は静かに防御陣の先を見た。そしてその先にあるのは、この戦いを見守る祐一の席があるはずだ。
「うぐぅ〜……それはわかるけど。ボクたちヒロイン以外に祐一くんへの告白権を欲しがる人がいるなんて……」
「私の推測が正しければ……多分その人は……」
「まさか……」
あゆはガバッと飛び起きた。
「だとしたら栞ちゃんたちが危ない!」
二人は医務室を飛び出し、急いで会場に向かった。
リングの上の二人の目の前に、一人の人物が立っていた。
フェニックスの聖衣を装着し、祐一との間に立つその姿は、あたかも恋路の邪魔をするようも見える。
「なんてすごい小宇宙なの……?」
栞のストールが相手の発散する小宇宙に反応し、前よりも激しく動いている。
「このままじゃストールが耐え切れません。やむをえませんね……ネビュラストール!」
攻撃姿勢に移ったストールが相手に向かって伸びたそのときだった。
「栞、待って!」
会場に駆け込んでくる舞。
「その人は、香里さんだよっ!」
続けて会場に駆け込んできたあゆが、衝撃的な事実を口にした。
「あゆさん……今、なんて……」
栞の放ったストールは、相手の左手にまきついている。
「その人は香里さんだよ」
あゆの隣りで、舞は静かにうなずいた。
「あ……」
何かを思い出したようにうなずく名雪。
「香里は確か栞ちゃんの……」
「はい……」
栞の目から大粒の涙が零れ落ちる。
「生きていてくれたんですね……お姉ちゃん……」
会場のスポットライトがフェニックスの聖衣に身を包む少女の姿をあらわにする。それは紛れもなく栞の姉、香里の姿だ。
感動の姉妹の再会シーンに、会場の誰もが涙する。だが、香里の口から放たれた言葉は、誰の予想をも裏切るものだった。
「誰のこと? 知らないわ……」
「お姉……ちゃん……?」
突然の言葉に栞の目が大きく見開かれる。
「あたしに、妹なんていないわ」
「そんな……」
その言葉に栞はその場にへなへなと崩れ落ち、ストールも自然に香里の手首から外れてしまう。それはまるで、姉妹の絆が断ち切られてしまうようでもあった。
「な……なにを言い出すんだよ、香里」
「うるさいわよ、名雪」
香里はきっと名雪を睨みすえた。その迫力に名雪は気押されてしまう。
「あなたのその寝ぼけ顔には、もううんざりだわ」
「香……里……?」
香里は済ました顔で罵詈雑言を口にする。その姿はあゆたちの知る香里とは、まるで別人のようだ。
「あんたたちには悪いけど、わたしはこんな茶番劇に付き合うつもりはないのよ。そういうわけで、相沢くんはわたしがもらうわ」
香里はすっと体をどける。するとその先にいるはずの祐一の姿が消えていた。
「祐一が……」
「祐一さんが……」
「祐一くんが……」
「祐一がいない……」
四人は一様に驚きの声を上げる。これでは告白権をかけた戦いなど無意味だ。
「香里さん、祐一くんをどこにやったんだよ?」
あゆが叫ぶ。
「知りたい?」
香里は優雅に余裕のある微笑を浮かべる。このような大人の雰囲気をかもし出すようなしぐさは、残念ながらあゆたちには無理だ。
「どうしても知りたいのなら、富士の洞窟に来ることね」
そう言い残すと、香里は高らかな笑い声と共に姿を消した。
後にはただ、あゆたちが呆然とした表情で取り残されるのみだった。
「ごめんなさい……皆さん……」
栞が消え入るような声で謝罪する。
「栞ちゃんのせいじゃないよ」
「そうだよ」
すっかり消沈してしまった栞を励ますようにあゆと名雪は声をかける。唯一沈黙していたのは舞だけだったが、その瞳には栞を責めるような色はない。
逆に栞はみんなにそう言ってもらうと、かえって罪の意識にさいなまれてしまう。
「それよりも問題は、祐一のことをどうするか、だよ」
珍しく名雪が建設的な意見を口にする。それに対して一同は沈黙した。
何しろ相手はカノン一の才女。正攻法が通じる相手ではないような気がするからだ。
「うぐぅ〜……なんとかしたいけど。聖衣がないんじゃどうすることもできないよ……」
「それなら、心配ない……」
それまで沈黙を守り続けていた舞がおもむろに口を開いた。
「聖衣の修復をしてくれるという人のことを、前に佐祐理に聞いたことがある」
「ほんとに? 舞さん」
舞は静かに首肯する。
「ただ……本当にしてくれるかどうかまではわからない」
「それでもいいよ!」
力強く叫ぶあゆ。
「たとえわずかしか可能性がないんだとしても、ボクはそれにかけてみたいんだ」
「あゆ……」
二人は、静かに見つめあった。
燃え上がる瞳の奥には、確かに互いの愛の炎を感じたのだ。
やがて二人はお互いの腰に手を回すと。
限りなく熱い抱擁を交わすのだった。
「舞さん! 舞さ〜ん」
「あゆ! あゆ〜」
力いっぱい舞いに抱きしめられたあゆは、ふと我に返る。
「あゆ〜!」
「うぐぅ! 待ってよ舞さん」
あゆの叫びに舞も我に返る。
二人が振り向いたその先では。
『そして、愛するケンとメリーは……』
「うにゅぅ〜目が離せないよ〜」
「本当に、どうなってしまうんでしょうね。この二人……」
テレビのドラマに夢中になる名雪と栞の姿があった。
「それじゃ、いってくる」
「うぐぅ、大丈夫? 舞さん。聖衣を直してくれる人って、インドの山奥に住んでいるんでしょ?」
「なるべく早く直してくれるように頼みこんでみる。だから、心配いらない」
そう言って聖衣を持ち、旅立っていく舞。あゆはその後姿を、いつまでも眺めていた。
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