第三話 突入、死の罠へ
道無き険しい道をひた歩き、ついに舞は目指す聖衣の修復をおこなえる人物のもとに辿り着いた。
「ここが……」
ふと気がつくと舞は、自分が無数の中華まんに囲まれていた。漂ってくる匂いからすると、どうやらそれは肉まんのようだ。
次の瞬間、その肉まんはいっせいに舞に襲いかかってくる。
二つ、三つまではかわせるものの、その量が多すぎて見る間に舞は肉まんに埋め尽くされてしまった。
「へっへ〜んだ」
その姿を影で見ていた、明るいきつね色の髪をサイドで結んだ少女が嬉しそうな声を出す。
「たま〜にまぐれでここに来る人がいるのよね〜」
だがそのとき、少女の目の前で肉まんが大きく膨れ上がり、その中から無傷で姿を現す舞。
「わっわ〜、なんなのよこいつ」
少女は再度肉まんを宙に浮かせるが、舞の鋭い眼光に阻まれてしまう。
「時間がない……」
舞はすっと聖衣の入った箱を少女の前に出した。
「一刻も早い聖衣の修復をお願いしたい」
「そんなこと言われても、真琴聖衣の修復なんてできないよ」
「え……?」
舞の目が一瞬点になる。それでは何のためにここまで来たのかがわからない。
「悪戯がすぎますよ、真琴」
そのとき、不意に舞の背後から声がかかった。
寸前まで舞に気配を感じさせないのは、よほどの達人か、あるいは影が薄いかのどちらかだ。
「あ、美汐〜」
舞が振り向くと、そこには一人の少女が立っていた。
年は舞よりも若く見えるが、落ち着いた雰囲気は悟りきった大人のそれだ。
「あなたが……聖衣の修復を……?」
「そうですけど……なにか……?」
舞の問いかけに美汐は落ち着いた様子で答える。
「ここまで来た聖闘士がすることは一つ……」
舞は自分の聖衣とあゆの聖衣を美汐の目の前に出す。
「聖衣を修復してほしい……」
聖衣はあちこちにひびが入り、かろうじて原型をとどめているような状態だった。
「残念ですが……」
美汐は気の毒そうな声を出す。
「私にもこの聖衣の修復は無理です……」
「え……」
「なぜなら、この聖衣はすでに死んでいるからです」
「………………」
「死んでしまっているものをよみがえらせることなど、いくら私でも無理です」
一方こちらは、香里の指定した富士の洞窟の前。ここであゆたちは舞の到着を待っていた。
「ついに……この日が来てしまいましたね……」
「どうするの? あゆちゃん……」
「きっと……舞さんになにかあったんだよ……。こうなったらボク、聖衣なしでも戦うよ」
「それは危険ですよ」
「そうだよ、あゆちゃん」
今にも洞窟に飛び込んでいきそうなあゆを、名雪たちは必死で止める。
「あ、あれを見てください」
栞が指を差したその先には、あゆの聖衣の箱を背負った舞の姿があった。
「舞さん、来てくれたんだね」
あゆが駆け寄ると舞の姿が消え、そこには聖衣の箱だけが残される。
「舞……さん……?」
まさか舞の魂だけがあゆの聖衣を持ってきたとでも言うのだろうか。まるでホラー映画のワンシーンみたいな光景に、そこにいた一同は息をのむ。
そのとき、栞のストールがなにかに反応した。
「そこ!」
栞のストールが伸び、箱の影にいた人物に襲いかかる。
「わっわ〜、なに? なに〜?」
箱の影から真琴が飛び出してきた。
「いきなりなにするのよう! せっかく聖衣持ってきてあげたのにいっ!」
「そうなんですか、ごめんなさい」
素直に頭を下げる栞。まさかこのような少女がいるとは、思っても見なかったのだ。
「でも、どうして君が?」
「舞って人が帰れなくなったから、代わりに真琴が持ってきてあげたの」
「舞さんが?」
真琴の肩をつかんで揺さぶるあゆ。
「舞さんが帰れなくなったって、どういうこと?」
「痛たたた……放してよ」
「あ……ごめん」
あわててあゆは真琴から手を離す。
「それじゃあさ、真琴の知ってることを話してくれる?」
「あ……うん……。実はね……」
名雪の笑顔に安心したのか、真琴はポツリポツリと話し始めた。
「先程も申し上げたとおり、死んでしまった聖衣の修復は無理です」
まるで感情のこもらない、淡々とした口調で美汐は告げた。
「ですが……方法がないわけでもありません……」
「その……方法は……?」
「あなたの生命が必要です」
「……!」
「つまりは、聖闘士であるあなたの血液が必要なのです。ご存知の通り人間は体を流れる血液の三分の一を失うと死に至ると言われています。そして、この聖衣の修復には、おそらくあなたの体の半分くらいの血液が必要でしょう」
美汐は淡々と事実のみを告げる。
「聖闘士といえども生身の人間……。それでもよろしいのなら」
答えを言うまでもなく、舞は心を決めていた。この生命はあゆに救われたもの。ならばあゆのために命を投げ出すことに、舞は何の躊躇もない。
舞は無言で自らの手首を手刀で切り裂くと、流れ出る血液を聖衣に浴びせはじめた。
「あわわ……どうするの美汐〜……」
すでに舞の体からは大量の血液が流れ出し、顔からは血の気が失せている。
意識を失った舞の身体はゆらりと崩れそうになるが、その身体が倒れる寸前に美汐の手が支えた。
「大丈夫なの? 美汐〜……」
「なんとか持ちこたえるでしょう……」
美汐が舞の傷口に触れると傷が消えた。あれほど大量に血を流したにもかかわらず、舞の顔は満足そうな表情を浮かべている。
「この女は友情を信じられる女……。死なせるわけにはいきません」
美汐は舞の体をそっと横たえると、すっくと立ち上がった。
「真琴、道具を。エポキシパテとセメダイン、それとサンドペーパーも」
「ええっ? 美汐。それじゃ聖衣の修復を?」
美汐は静かに首肯する。
「この女が見せてくれた友情に、私は応える必要があります」
「……と、いうわけでぇ。真琴が聖衣を持ってきてあげたのよ」
真琴は、エッヘン、と胸をはった。
あゆは箱から聖衣を取り出してみる。それは以前にも増して光り輝いているようにも思えた。
早速装着したあゆは、その装着感に驚く。まるで自分の身体の一部のような装着感に。
「舞さんが命をかけてくれたこの聖衣、大事にするよ……」
「大丈夫ですよあゆさん。まだ、舞さんが死んだと決まった訳ではありません」
そういうと栞は、ストールから鈴を取り出した。
「中に入るとばらばらですから、目印にこれを」
栞は一人一人に鈴を手渡していく。
「はい、これは舞さんの分です」
「あう?」
いきなり渡された鈴に真琴は戸惑ってしまう。いくらなんでも、舞が無事だとは思えなかったからだ。
「舞さんはきっと来てくれます。だから、舞さんが来たらこの鈴を渡してください」
舞に対する仲間たちの厚い信頼に真琴がうなずくと、あゆたちはそれぞれ別の入り口から洞窟の中に足を踏み入れていった。
一方洞窟の最深部では、香里の前に四つの影が集結していた。
「香里様……」
「来たわね、暗黒四天王」
「はい……」
あゆと同じ、黒い聖衣を装着した少女がうなずく。
「香里様の御ために……」
こちらは名雪と同じ、黒い聖衣を装着した少女だ。
「私たち四天王は……」
この少女は栞と同じだが、黒いストールを身にまとっている。
「命をかける所存です……」
そして、舞と同じ黒い聖衣の少女が香里の前にひざまずく。
「期待しているわよ、暗黒四天王」
その姿を一瞥し、香里は四人に声をかけた。
「ははっ!」
四つの影が、洞窟に散らばっていった。
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