第四話 激突、暗黒四天王(ブラックフォース)

 

「うぐぅ〜……」

 真っ暗な洞窟内を一人で歩いていたあゆは、思わずうめき声を上げてしまう。

「よく考えてみたら……ボク、こういうの苦手なんだよね……」

 祐一くんのために、とがんばってはみたものの、あゆはこういうホラーのようなシチュエーションには弱い。

「あれは……」

 行く手に淡い光を見つけ、そこに歩を進めていくあゆ。

「すごい、富士の地下にこんなところがあるなんて……」

 そこは壁全体が淡い光を放つ、広大な空間だった。

「ふっふっふ……待っていたよ……」

「うぐぅ! 君は……?」

 突然背後からかかった声にあゆが振り向くと、そこには黒い聖衣(クロス)を装着した自分そっくりな女の子が立っていた。

「ボクはブラックあゆあゆ……。香里様の命により、君の命をもらいに来たよ」

「香里さんの命令だって? 一体それはどういう……」

「問答無用! くらえっ暗黒タイヤキ流星拳!」

 ブラックあゆあゆのこぶしから無数の黒いたい焼きが放たれる。

「ふふっ……他愛のない……」

 勝ち誇るブラックあゆあゆであったが、次の瞬間目を見張った。

「そんな……あれだけのたい焼きを全部かわしきったとでも……」

「ちょっとは食べちゃったけど……たいしたことなかったね」

 しかし、聖衣(クロス)にはべったりと餡子が付着している。

「今度はこっちの番だね。これが本家本元のタイヤキ流星拳だよっ!」

「うぐぅ〜!」

 たちまちのうちにブラックあゆあゆの身体は、大量のたい焼きに埋め尽くされてしまう。

「ひどいな〜。せっかく舞さんが命がけで修復してくれたのに、聖衣(クロス)が餡子まみれになっちゃったよ……」

「ふっふっふ……」

 たい焼きの山から声が響いてくる。

「これで勝ったと思ったら大間違いだよ……。だって必殺の一撃は、ボクのほうが先だったんだからね……」

「それってどういうこと?」

「そのうちたっぷりと味わうことになるよ、暗黒拳の真の恐怖を……」

「暗黒拳の恐怖……?」

 すでにブラックあゆあゆの返事はない。だが、そのときあゆの聖衣(クロス)に付着した餡子が、突如としてうねうねとうごめきだした。

「うぐぅっ! 聖衣(クロス)についた餡子が勝手に動いて……。ボ……ボクの口の中に……。むぐっ! うぐぅっ!」

 これぞまさしく餡子喰う拳。恐るべきブラックあゆあゆの暗黒拳であった。

 

 一方そのころ、別の入り口から入った名雪は、黒い聖衣(クロス)を装着した自分そっくりな女の子と対峙していた。

「うにゅ……こんなところに鏡があるよ〜」

「違うよ」

「うわっ! 鏡がしゃべった」

「だから、違うってば」

 危うく名雪のペースに乗せられそうになり、その少女は軽く咳払いをする。

「わたしはブラックなゆなゆ。あなたに恨みは無いけれど、香里様の命によりあなたの命を貰い受けるよ」

「それで、香里はどこにいるの〜?」

「この先にいるけど、あなたがそこに辿り着くことは無いわ」

「うにゅ?」

 名雪はのんびり首を傾ける。その緊迫感のなさに、ブラックなゆなゆは軽い目眩(めまい)のようなものを感じた。

「いいから! ここであなたは死ぬのよ。喰らえっ! チョコレートサンデー」

「うにゅにゅ〜! チョコレートが絡みついて……固まっていくよ〜」

 瞬く間に黒いチョコレートに包まれてしまう名雪。勝利を確信し、ブラックなゆなゆは不敵に微笑む。

「ふん……他愛のない……」

 だが次の瞬間、名雪を包んでいたチョコレートに亀裂が入り、ばらばらと崩れ落ちていった。

「う……うにゅにゅ〜!」

 まったくの無傷で姿を現した名雪に、驚きの声を上げるブラックなゆなゆ。

「確かにチョコレートサンデーも美味しいけど、イチゴをたっぷり使ったイチゴサンデーの美味しさにはかなわないんだお〜」

 名雪は笑顔で高らかに宣言した。

「でもね、わたしはチョコレートサンデーも好きだお〜。だからお礼にいい物を味あわせてあげる。イチゴサンデーが静の技なら、これは動の技。つまりキグナス名雪の最大の奥義だお〜」

「さ……最大の奥義……?」

 あたりをものすごい冷気がつつみこみ、名雪の右こぶしから大量のクリームやフルーツがあふれ出す。

「ジャンボミックスパフェデラックス!」

「こ……これは……。食べきれないお〜……」

 ブラックなゆなゆの身体は、大量のクリームに埋め尽くされてしまう。だが、その表情は恐怖というよりも恍惚としたものだ。

「先を……急ぐお〜……」

 名雪はおぼつかない足取りで先へ進んだ。

 

「あう〜……」

 丁度そのころ、洞窟の入り口では真琴が途方にくれていた。

「舞が来たらって言ってたけど……あんな状態じゃ来れる訳ないよぉ〜……」

 真琴はチリ〜ン、と鈴を鳴らす。

 その真琴の前に一人の人物が姿を現した。

「ま……舞?」

 真琴の声に、舞はこくりとうなずく。

「いいですか、舞……」

 その後ろから心配そうに顔をのぞかせる美汐。

「いいですか? 舞さん。今のあなたの身体には、通常の半分しか血液が流れていません。つまりかすり傷一つ負っても、致命傷となるのですよ」

 無言のまま舞は首肯する。そんな事は、言われなくてもわかっているという感じだ。

「ならばもう……何もいいません。あなたの聖衣(クロス)はここにありますから……」

 美汐の用意した新生ドラゴンの聖衣(クロス)を装着し、舞は洞窟内に足を踏み入れていく。その後姿を、真琴は美汐と一緒にいつまでも見つめていた。

 

 そのころ栞は、洞窟の先に倒れている人影を見つけた。

「あれは……あゆさん?」

 すばやく駆け寄り、あゆを助け起こす栞。あゆの実力は知っている栞だったが、今のあゆの苦しみようは尋常ではない。

「うぐぅ〜〜……」

 苦しそうにうめくあゆ。しかも、よく見るとあゆの口のまわりは餡子まみれだ。

「一体なにが……」

「その人を助けようとしても無駄ですよ」

「誰ですか?」

 栞の目の前に姿を現したのは、黒いストールを身にまとった自分そっくりの女の子だった。

「私はブラックしおりん。その人はブラックあゆあゆの暗黒流星拳を受けてしまっています。暗黒流星拳は別名暗黒拳。これを受けた以上ただではすみませんよ」

「暗黒拳? それは一体……」

「それは……」

 暗黒拳。実は餡子喰う拳だとは、流石に言えないブラックしおりんであった。

「そんなことはどうでもいいです。私は香里様の命により、あなたの命をもらいます」

「お姉ちゃんの? なぜ?」

「問答無用です。ブラックストール!」

「これは……ストールが絡み付いて……」

 ブラックしおりんのブラックストールは、まるで生きているように栞の体に巻きつき、蛇のようにきつく締め上げた。

 このままでは息ができないと栞が思ったそのときだった、突然ブラックストールは力を失い、栞の体から離れてしまう。

「これは……一体……」

 よく見ると何故かブラックしおりんは大地に倒れていた。

「ブラックしおりん?」

 栞はブラックしおりんに駆け寄ると、その身体を助け起こした。

「どうしたんですか? 一体……」

「いいんですよ……」

 ブラックしおりんは苦しそうであるが、満足そうな微笑を栞に向ける。

「私……実はお医者さんに、次の誕生日までは生きられないだろうって言われてるんです……」

「ええっ?」

「でも……私……」

 ブラックしおりんは栞の手を強く握りしめる。

「輝いていましたよね……。私……最後の瞬間、光り輝いていましたよね?」

「うん、ブラックしおりん」

「……よかった……」

 最後に極上の微笑を浮かべ、力尽きるブラックしおりん。ある意味感動的な光景であるが、根本的なところで何かが間違っている。

 

 ただ一人洞窟の最深部に辿り着いた名雪は、香里と対峙していた。

「香里……」

「名雪? よくここまで辿り着いたわね……」

 暗黒四天王(ブラックフォース)も意外とだらしないわね、と口の中で小さく呟く香里。

「ねえ、香里……一体どうしちゃったの? あの妹思いで、優しい香里はどこにいっちゃったの?」

「女々しいわよ、名雪」

 女の子だから女々しくてもいいのだが、香里はあえてこう言い放つ。

「あなたも聖闘士(セイント)だったら、まず実力できなさいっ!」

 どうにも戦いは避けられないようである。名雪はぐっと唇をかんだ。

「それじゃあ行くお〜。イチゴサン……」

「またイチゴサンデー? あんたいい加減にしなさいよね」

 鋭い香里の突っ込みに、名雪の動きが止まる。

「ジャ……ジャンボミックスパフェ……」

「あんた頼んだ事なんてないでしょうが!」

「うにゅぅ〜……」

 出す技を全て封じられ、名雪は絶体絶命のピンチに追い込まれてしまう。

「今度はAランチでも出す? それなら全部のメニューを覚えてる自信があるわ」

 もはやこうなると名雪には打つ手がない。戦う力を失った名雪に興味がなくし、香里はゆっくりと背を向けた。

「ま……待って、香里……」

「しつこいわよ、名雪」

 香里が振り向いたその先には、立ったまま寝る名雪の姿があった。

「恐ろしい子……」

 この緊迫した空気の中で眠れる名雪の神経に、香里は薄ら寒いものを感じる。

「……この場の空気を凍りつかせるなんて……なんて恐ろしい子……」

 名雪との長い付き合いで、繰り出す技の全てを把握していたからなんとかしのげたものの、そうでなければ危ないところだったのは香里のほうだ。

「妹……」

 一瞬栞の笑顔が浮かぶが、香里は頭を振ってその考えを打ち消す。

「なに言ってるのよ。あたしに妹なんていないじゃない……」

 大切なものなんてあるから、失ったときに弱くなる。だったらはじめからそんなもの持たなければいい。

 香里はかたくなにそう信じていた。

 

「どうやら、勝負はついたみたい……」

 栞の背後に、黒い影が現れた。

「あ……あなたは?」

「ブラックまいたん……どうやら残っているの私たちだけみたい……」

 闇の中からゆっくりと姿を現したのは、黒い聖衣(クロス)を装着した舞そっくりの女の子だ。

「ブラックまいたん……?」

 ブラックまいたんは確かに栞の目の前にいるのだが、先ほどから栞のストールは別の方向を警戒している。

(どういうこと? あのブラックまいたんは敵ではないとでも……)

「ちょっと待って」

 不意に洞窟内に声が響く。

「あなたの相手は、この私……」

「舞さん、無事だったんですね」

 舞は静かにうなずく。

「あゆさんが大変なんです。暗黒拳にやられたとかで……」

「わかった。ここは私に任せて、栞はあゆを」

「はい」

「無駄……」

 ブラックまいたんは冷たく言い放つ。

「その子が暗黒拳を受けている以上、なにをしても無駄……」

「そんなことは、やってみないとわからない……」

 二人は静かに対峙した。互いに闘気を高めあう後ろでは、二人の対決に息を飲んで立ち尽くす、栞の姿がある。

 しかし、栞のストールはなおも正面のブラックまいたんを無視して見当違いの方向を警戒している。

「舞さん」

 栞は静かに呼びかけた。

「伏龍に気をつけてください」

 その声に舞は静かに首肯する。

「あなたたちのしていることが無駄だと言うのを教えてあげる。つゆだく牛丼!」

 舞は完全にかわしつもりだった。しかし、口の中には牛丼の味わいが広がっている。

「ねぎだく牛丼!」

 またもかわしたはずの牛丼の味が口の中に広がる。だが、舞は声の方向と牛丼の方向が違うのに気がついた。

「そこ!」

 舞がどんぶりを投げたその先には一人の少女がいた。

 どんぶりの直撃を受けて大地に倒れた少女は、ブラックまいたんに良く似ているが、ウサギ耳のカチューシャをつけているのが特徴だ。

「やはり伏龍……。もう一人いた」

 先ほどから栞のストールが警戒していたのは、このうさみみ少女だったのだ。

 だが、当のブラックまいたんは味方がやられたというのに、まるで動じた様子がない。

「なかなかやる……でも、最後に勝つのはこの私……」

「できるの?」

 ブラックまいたんは不敵に笑うと、またどんぶりを取り出す。

「ねぎぬき牛……」

「それは邪道!」

 舞はきっぱりと言い放つ。

「さっきのつゆだくも、ねぎだくも裏メニュー。いわば本当の味わいかたじゃない……」

「………………」

「それだと、白いごはんが味わえない……。つまりどんぶりものを食べるのが下手な証拠……」

 予期せぬ舞の突っ込みに、動きが止まるブラックまいたん。

「それに、佐祐理が言っていた。たまねぎには肉類の消化を助ける働きがあるって……。したがって、それを抜くのは論外!」

 そう言って舞はゆっくりとどんぶりを取り出す。

「……今から見せてあげる。これが本当の牛丼昇龍覇!」

 牛丼昇龍覇を受けたブラックまいたんの体は大きく宙を舞い、地面に叩きつけられた。

「終わった……」

「いや……まだ……」

 ブラックまいたんは立ち上がった。

 先ほどの牛丼昇龍覇は舞の渾身の一撃である。ブラックまいたんにはそれすらも通用しなかったのだろうか。

 ブラックまいたんは驚く舞の横を通り過ぎると、まっすぐあゆに向かう。

 栞が身構えるが、なぜかストールはブラックまいたんに敵意がないことを示していた。

 ブラックまいたんは震える足取りであゆに近づくと、あゆに当て身を食らわせる。

「うぐっ……げほっ……」

 あゆの口から餡子が飛び出してくる。まだうねうねとうごめく餡子を、ブラックまいたんは踏み潰した。

「ブラックまいたん……どうして……?」

 栞の声に、ブラックまいたんはゆっくりと振り向く。

「私も……食べてみる気になったから……。あなたの言う……裏メニューじゃない牛丼を……」

 ブラックまいたんはしっかりと舞を見据える。

「でも……ちょっと遅かったみたい……」

 そこで、ブラックまいたんは力尽きた。

 

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