第六話 強敵、黄金聖闘士
祐一の行方を香里から聞き、あゆ、名雪、栞、舞の四人は、聖闘士の総本山とも言える聖域にやって来た。
ちなみに香里は、しばらく一人になりたいという事で同行していない。
「ここが聖域なんですね、あゆさん」
「そうだよ、栞ちゃん」
「そういえばあゆさんはここで聖闘士の特訓をしていたんですよね。一体どんな修行をしていたんですか?」
栞のように聖域以外の場所で聖闘士になる修行をしていたものにとって、聖域での修行は興味深いものだ。
「う〜ん……たぶん他と変わらないと思うよ……」
「そうですか。聖域というだけあって、なにか特別な事をしているのかと思ったんですけど……」
「でも、ボクは昔このあたりで修行をしていた事があるよ。ほら、あそこの闘技場で戦って、ボクはペガサスの聖衣を手に入れたんだ」
あゆ達の眼下には大きな闘技場が見える。
(そう言えば親父さん。元気にしてるかな……)
あゆはふと、修行時代を思い出した。
それは数年前の事、聖闘士となるべく修行を続けていたあゆは、師であるたい焼き屋の親父と話をしていた。
「いいかあゆ、聖闘士の闘法は小宇宙を燃やす事にある」
「うぐぅ……。小宇宙?」
「そうだ、お前の内なる乙女小宇宙を萌やし、精一杯の想いを相手に叩きつけるのだ」
「うぐぅ……そんな事言われても、ボクにはよくわからないよ……」
まだまだ子供なあゆは、たい焼き屋の親父の言葉に頭を抱えてしまう。
「それでは質問を変えるぞ。あゆが一番好きなものはなんだ?」
「たい焼き!」
即答だった。
「それならたい焼きがお前の力になってくれるさ」
実はこれがあゆのタイヤキ流星拳のはじまりだったりする。
「あう〜、やっと来たわね」
あゆが昔の事を懐かしく思い出していると、どこからともなく真琴が姿を現わす。
「あれ? 真琴〜、どうしてここにいるの?」
名雪の疑問はもっともだったが、どうにもその声には緊迫感というものがない。
「真琴も良くわかんないんだけど、美汐がみんなを連れてきなさいって……」
案内役の真琴本人がこの調子なので不安な事この上ないが、とにかくあゆ達一行は真琴の案内で聖域の奥に足を踏み入れていく。険しい道をしばらく進んでいくと、やや古びた建物の前に出た。
そこには金色に輝く聖衣をまとった人物がたたずんでいる。
「あれは……美汐……?」
唯一美汐と面識のある舞が、自信無さげに口を開く。何しろ美汐はおひつじ座の黄金聖衣を身にまとっていたからだ。
「時間がありません。皆さん聖衣をここに出してください」
あゆ、名雪、栞、舞の四人は言われたとおりに聖衣を出す。
「……やはり思ったとおりですね……」
聖衣を調べていた美汐は難しい表情で呟いた。あゆ達の聖衣は今までの激闘をくぐり抜けてきた事により、目には見えないものの、無数の細かい傷が刻み込まれていたのだ。
「聖衣がこのままの状態ですと触れられただけでも破損してしまいます。そして、これから先の相手はそんなに生易しい相手ではありません」
「うぐぅ、これから先って?」
「あなたたちが相沢さんに会うには、今から十二時間以内にこの先にある金牛宮、双児宮、巨蟹宮、獅子宮、処女宮、天秤宮、天蠍宮、人馬宮、魔羯宮、宝瓶宮、双魚宮の十二宮を突破し、教皇の間に辿り着く必要があります。そして、その間の十二の宮を守護するのが最強の黄金聖闘士なのです」
「……黄金聖闘士ですか……?」
栞の声がかすれる。黄金聖闘士とは聖闘士の中でも特に選ばれた十二人の聖闘士の事で、あゆたちの力が一である場合、二〇にも三〇にも匹敵する力の持ち主なのだ。
「……それでも、行く」
舞が不退転の決意を見せる。
「わかりました」
そう言うと、美汐は歳相応の少女のように微笑んだ。
「それでは、聖衣を修復して差し上げます。真琴、用意を。エポキシパテにセメダイン、それとサンドペーパーを……」
「皆さん、あれを見てください!」
聖衣が修復される間、あゆたちが美汐の守護する白羊宮にいたとき、突然栞が大きな声を上げた。
「あれは……」
「……巨大な火時計」
あゆたちは巨大な火時計を見上げる。それはどの宮からでも見えるくらいに大きな時計塔だった。
「あっ!」
あゆたちが見ている前で、白羊宮の火がゆっくりと消えていく。
「一つ消えるのに一時間、あれが全部消える前に十二宮を突破しなくちゃいけない計算だね……」
名雪が冷静に状況判断をする。
「うぐぅ……こうしちゃいられないよ。美汐さん、聖衣の修復はまだ?」
「終わりました」
美汐の手によって修復された聖衣は、新たな生命の躍動感にみなぎっており、その装着感にあゆたちは感嘆の叫びを上げた。
「時間もありませんので先を急いでください。ですが先ほども申し上げたとおり、黄金聖闘士の戦闘能力を常識で判断してはいけません」
厳しい表情で美汐は話を続けた。
「聖闘士の優劣は身にまとっている聖衣で決まるのではありません。要はいかに自分の乙女小宇宙を萌やすかにかかっているのです。なぜ黄金聖闘士が強大無比なのか? それは乙女小宇宙の真髄を極めているからなのです」
「乙女小宇宙の真髄?」
その言葉にあゆは首を傾けた。
「あなたたちは乙女小宇宙がキャラ設定やシナリオなどから漠然と生み出されていると考えているでしょう。確かにそのような一面もありますが、突き詰めていけば究極の乙女小宇宙の正体とは『萌え要素』なのです」
「『萌え要素』?」
名雪が至極まっとうな疑問を口にする。
「ヒロインキャラによってそれぞれ萌え要素は異なります。しかし、自分のキャラ特性を最大限に活かし、乙女小宇宙を萌やしたものが勝利します」
美汐は断言した。
「さあ、お行きなさい。そして、今言った事を忘れないように」
「ありがとうございます。美汐さん」
あゆ達はそれぞれ美汐にお礼をいうと、次の金牛宮を目指して走り出した。
「皆さん、次の宮が見えてきました」
あゆ達一行は、次の宮である金牛宮が見える位置まで辿り着いた。
「あれが金牛宮」
栞の声に舞が応じる。
「でも、小宇宙を感じないよ」
いつものようにのほほんとした様子で名雪が応じる。
「それなら一気に突破しちゃおうよ」
と、あゆが答え、一気に金牛宮を突破しようとしたそのとき、ものすごい衝撃が四人を吹き飛ばした。
「勝手にこの金牛宮を通り抜ける事は許さんぞ、このおうし座の石橋がいるかぎりな」
そこには、おうし座の黄金聖衣を身にまとった石橋がたちはだかっている。
「うぐぅ、みんな。ここはボクがタイヤキ流星拳を仕掛けるよ。その隙にみんなはここを突破して!」
あゆの提案に、みんなは一斉にうなずいた。
「いくよ! タイヤキ流星拳っ!」
あゆのタイヤキ流星拳と同時に舞たちが石橋を突破しようとした。
「ブリッジスコーン!」
石橋はあゆのタイヤキ流星拳に微動だにしないばかりか、舞たちの突破さえも許さなかった。
ブリッジスコーンの直撃を受けた舞たち三人は昏倒してしまい、今石橋と対峙しているのは、あゆただ一人だ。
「うぐぅ……ボクの流星拳が通じないばかりか、舞さんたちまではじき返すなんて……」
「言ったはずだ。この金牛宮は通さないと。どうしても通りたければこの石橋を倒してゆけ」
そう言って石橋は腕組みをしたままあゆを睨みつけた。あゆはその石橋の姿に戦慄する。
石橋の構えは、日本の剣術にある居合いのように一分の隙も無い。あゆは自分と石橋との間にどうしようもないほどの実力差を感じたが、ここで引くわけもいかない。
「うぐぅっ! タイヤキ流星拳!」
「無駄だっ!」
石橋の放つ必殺拳『ブリッジスコーン』の威力の前に、あゆのタイヤキ流星拳はむなしくうち返されてしまう。そればかりか技の余力はあゆの体を弾き飛ばし、容赦なく金牛宮の壁に打ちつけた。
「もう一度喰らえっ! ブリッジスコーン!」
「うぐぅっ!」
そのすさまじいまでの威力に、あゆは全身の骨がばらばらになってしまったかのような衝撃を受け、金牛宮の床に倒れ伏してしまう。
「その聖衣どうやら天野に修復してもらったようだが、なまじ強固になったのが不運。本来ならすでに聖衣は砕け散って、お前も楽になれたものを……」
石橋はゆっくりとあゆに近づいていく。
「あまり苦しみを長引かせるわけにもいくまい。ここらで一気に葬ってやる」
石橋はあゆの頭を踏み砕こうとしたが、あゆは咄嗟に身をかわし、足元がふらふらになりながらも立ち上がる。
「お前、まだ……」
そのとき石橋は、一瞬だけだがあゆから小宇宙の高まりを感じた。
「ボクはまだ負けない……負けるわけにはいかないんだ」
「だからどうしたと言うのだ。貴様ごときの実力では、この私に抗う術はないぞ」
「やってみなくちゃわからないよっ! タイヤキ流星拳っ!」
「愚か者め、お前の流星拳はたかが音速拳。黄金聖闘士たる私の目には止まって見える」
緩やかにたい焼きをかわしていく石橋。だが、あゆのタイヤキ流星拳は次第に爆発的な変化を見せはじめる。
「ま……まさかこれは……」
「うぐぅぅぅぅぅっ!」
あゆの乙女小宇宙が高まり、タイヤキ流星拳はついに爆発的な変化を起こした。
「なにぃ? ビッグバンだと?」
石橋はついに構えを解き、両手であゆのタイヤキ・ビッグバンを受け止める。
「ばかな……やつのたい焼きがビッグバンを起こすとは……。まさかこの小娘は黄金聖闘士十二人しか体得していない、萌え要素に目覚めつつあるというのか……?」
「どう? ついに構えを解かせたよ」
「なに? 私の構えを解かせたくらいでいい気になるな」
「それじゃあ今度は、その黄金の角を折ってみせるよ」
「よかろう。そんな奇跡が起きるなら、私は敗北を認めてこの宮を通してやる」
「美汐さんが教えてくれた乙女小宇宙の究極、ボクの萌え要素よ、今こそ目覚めて」
「悪いが構えを解いたところで私の必殺拳の威力に変わりはないのだ。喰らえっ! ブリッジスコーン!」
「うぐぅっ!」
ブリッジスコーンの威力をまともに受け、あゆは吹き飛ばされてしまう。だが、そのたびにあゆは立ち上がり、乙女小宇宙を高めていった。
「また……乙女小宇宙が増大している……。まさかこいつは、傷つき倒れるたびに乙女小宇宙が成長していくのか?」
再度石橋が放ったブリッジスコーンを、あゆは受け止める。
「なに? ブリッジスコーンを受け止めただと?」
「うぐぅぅぅ……」
「そのままはじき返すつもりか? 無駄な事を」
技の威力に押され、あゆはまた吹き飛ばされた。
「この小娘は自分の萌え要素に目覚めつつあり、その証拠に乙女小宇宙が急激に成長しつつある。しかもブリッジスコーンを受け止めるとは……」
「う……ぐぅ……」
あゆはまた、ゆっくりと立ち上がる。
「ようやく見えてきたよ……。ブリッジスコーンの軌跡が……」
「なに?」
「今度こそ確実にはじき返して見せるよ」
「馬鹿め、確実なのはお前の死だ。喰らえっ! ブリッジスコーン!」
迫り来るブリッジスコーンの軌跡が、あゆの目にははっきりと見えた。
「見えたよっ! スコーンがっ!」
「な……なにぃ?」
あゆと石橋の間でブリッジスコーンが炸裂し、その衝撃で弾き飛ばされる石橋。
「し……信じられん……。まさか本当にブリッジスコーンをはじき返すとは……」
そのとき石橋は、あゆの乙女小宇宙が消えているのに気がついた。
「馬鹿な……どこへ消えた?」
「ここだよ」
石橋が面食らっている間に、あゆは頭上高く飛び上がっていた。
「約束どおり、その角はもらうよ!」
落下の勢いを借り、あゆは石橋の角を折りとばす。
「ば……馬鹿な……」
「どうするの? 敗北を認める? それとも、もう一本の角を折って欲しい?」
あゆの言葉に唇をかみ締めた石橋だったが、次の瞬間それは豪快な笑いにかわる。
「まいった。私の負けだ」
「え? それじゃあ……」
「行くがいい。この金牛宮は通してやる」
「あゆちゃん」
丁度そこに、目を覚ました名雪達がやってきた。
「あっ名雪さん。よかった、気がついたんだね」
「そんな事よりごめんねあゆちゃん。一人で戦わせちゃったりして」
「それより、時間がないよ。先を急ごう」
「そうだね」
「待て、お前達」
次の宮へ向かおうとするあゆ達を、石橋は呼び止める。
「この先も同じようにいくと思ったら大間違いだぞ、黄金聖闘士を甘く見るな」
「うん、わかってるよ。あなたとの戦いで黄金聖闘士の強大さがわかったから」
そう言ってあゆはにっこりと微笑んだ。
「皆さん、金牛宮の火が消えました」
「……あと十時間……」
栞の言葉に、舞が短く答える。
「次の双児宮からも人の気配がしないけど……。金牛宮みたいにまた吹き飛ばされたりするのかな?」
「だからといって、もたもたしている余裕はないと思うよ」
名雪の言葉に一同がうなずくと、一斉に双児宮に突入した。
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