第七話 迷宮、双児宮
「お久しぶりですね、石橋先生。角を修復して差し上げましょうか?」
「おお、天野か。いつ聖域に?」
そのころ金牛宮では、懐かしの二人が再会を果たしていた。
「いや、面目ない。すっかりあの小娘達にしてやられたわ」
「なにを仰いますか。石橋先生が本気になられたら、今頃このあたりは血の海になっています。どうして彼女達に道を譲ったのですか?」
「彼女達は相沢に会いにここまで来たという。その想いの強さがこの私を動かしたのだ」
「そうですね」
そう言うと美汐は歳相応の笑顔を見せた。
「だが、次の双児宮は、いかに彼女達でも突破できるかどうか……」
「でも……確かあそこは守護人が不在の宮でしたが……」
「確かにふたご座の聖闘士を見たものはいないが、私はあの宮に乙女小宇宙を感じる。ふたご座の聖闘士は確実にあの宮にいる」
石橋の言葉に、美汐は言い知れない戦慄を覚えた。美汐の予感が正しければ、ふたご座の聖闘士とはあの人物をおいて他にないからだ。
そのころあゆ達は、特に誰にも出会う事無く双児宮を突破していた。
「あれ? 何もなかったよ……」
名雪が拍子抜けしたように口を開く。
「うぐぅ……でも、なにか変な小宇宙を感じたような……」
「あゆさんもですか?」
あゆの言葉に栞も声を揃える。
「みんな、あれを見て」
舞の言葉に振り向いたあゆ達は、そこに信じられないものを見た。それは、たったいま突破してきたはずの双児宮だったからだ。
「こんな馬鹿な……」
あゆは悪い夢でも見ているかのような表情で口を開く。
「抜け出たつもりが、元に戻っているなんて……」
栞も同じく狐につままれたかのような表情を浮かべた。
「うにゅ……夢でも見てるのかな?」
妙に能天気な名雪と無表情で無言の舞。四者四様に双児宮を見上げる。
とにかくこんなところでぐずぐずしていられないあゆ達は、再度双児宮に突入した。
するとあゆ達は、再び妙な小宇宙を感じた。不思議な事に、それは光と闇の小宇宙が交互に襲ってくるような感じだ。
そして双児宮を突破したあゆ達が見たのは、いま突破してきたはずの双児宮。しかも双児宮は、その名の示す通り二つの宮に分かれていた。
「うぐぅ……これじゃいつまでたっても堂々巡りだよ……」
二つに分かれた双児宮を前に、あゆが地団太を踏む。
「よほど私たちを先に行かせたくないんですね……」
と、栞が困った様子で応じる。
「どっちにしてもこの双児宮を越えないと、次の巨蟹宮に行けないよ……」
と、名雪も双児宮を見上げるが、ただ一人舞だけは沈黙したまま宮を見つめていた。
「こうしててもしょうがないよ。わたしと栞ちゃんは左の宮に行くから、あゆちゃんと舞さんは右の宮をお願い」
「うん、わかったよ。名雪さん」
名雪の提案に大きくうなくあゆ。
「もし仮にどちらか一方が出られたら、もう一方には構わずに次の宮へ向かう事。いいね」
名雪の言葉に栞と舞もうなずくと、再び双児宮に突入した。
左の宮に突入した名雪達は、宮の内部から先程とは違った感じを受けた。
「名雪さん、何か変じゃありませんか? さっきと違って、今度はいつまでたっても外にでられません」
「栞ちゃんも感じた? それになんだかさっきから同じところをぐるぐる回ってるような気もするよ」
「えう〜……気持ち悪いです。あゆさん達は無事でしょうか……」
(……人の心配をするより、自分達の心配をしたほうがいいわね……)
「えっ?」
突然響いた不気味な声に、名雪達は歩みを止めてしまう。
(あなたたちは迷宮に迷い込んでしまったのよ……。二度とは出られないふたご座の迷宮にね……)
「名雪さん、あの人……」
「あれが……ふたご座の黄金聖闘士……」
名雪たちの行く手に、ふたご座の黄金聖衣をまとった人物が立ちふさがった。
「マスクの左右に顔がついてるなんて……なんか不気味です」
「そうか、この双児宮の迷路はあの黄金聖闘士が作った幻影なんだよ」
名雪はぱちんと指を鳴らした。
「つまり、あの人を倒せばわたし達の見た幻影は消えるんだよ」
名雪はそう言うが、栞は目の前の敵に違和感を覚えた。その証拠に栞のストールは目の前の敵にまったく反応していないのだ。
「待ってください、名雪さん」
「いくお〜」
栞の制止も聞かず、名雪は技を放つ。
「イチゴサンデー!」
だが、名雪の放ったイチゴサンデーは全て名雪たちに向かって跳ね返ってきた。
「うにゅぅぅ……イチゴサンデーが全部返ってくるなんて……」
「おかしいんですよ、名雪さん。さっきから私のストールが戸惑っているんです」
「うにゅ?」
「つまり、あの黄金聖闘士に対して何の反応もしないんです。むしろ敵がどこにいるかわからないという感じなんです」
「でも、敵は目の前にいるお?」
そう言うと名雪は、再びふたご座の黄金聖闘士に相対した。
「この敵がどんなに強くても、これだけはさっきみたいにはいかないお。この名雪、最大の必殺拳……」
「だめです、名雪さん。またさっきの二の舞に……」
「ジャンボミックスパフェデラックス!」
名雪の放ったジャンボミックスパフェデラックスは、そのまま名雪たちに襲いかかってくる。
「うにゅぅ〜……」
「えぅ〜……」
そのころ、右の宮に入ったあゆたちの目の前にも、ふたご座の黄金聖闘士が立ちはだかっていた。
「この人がふたご座の黄金聖闘士……。うぐぅ、マスクの両側に顔がついているなんて、気味が悪いよ……」
「ふたご座の黄金聖闘士?」
あゆの言葉に舞が首を傾ける。
「あゆ、どこにそんな人がいるの?」
「え? ボク達の目の前にいるよ?」
舞の言葉に、今度はあゆが首を傾けた。
「とにかく、この人を倒せばこの迷宮も消えるはずだよ。喰らえっタイヤキ……」
「ちょっと待って、あゆ」
舞はあゆの手を掴んで止める。
「……ふたご座の黄金聖闘士はここにはいない」
「え?」
「それに、あの向こうには出口がある」
だが、あゆにはふたご座の黄金聖闘士は目の前にいるように見えたし、その後ろにはただの壁があるように見える。
「いいから私に任せる。あいつに絶対手を出しちゃだめ」
舞は強引にあゆを引っ張り、ふたご座の黄金聖闘士に向かって歩き出す。
「う……うぐぅぅぅぅ!」
次の瞬間気がつくと、あゆは迷宮の外にでていた。
「え? ボク……どうして?」
「さっきからここに立ち込めていた小宇宙は、ここではないどこか別の場所から放たれていた感じがした」
「どういう事? 舞さん」
「ここにははじめから迷宮も黄金聖闘士もなかったって言う事。私たちは遠く離れた誰かの攻撃を受けて、ありもしない幻影に惑わされていただけ」
「だとしたら……今頃名雪さんたちも苦戦してるんじゃ……」
「その名雪が言っていた。先に出たほうが次の宮に向かうって……」
断腸の思いだが、あゆたちは次の巨蟹宮へと進む。今は一刻の猶予も無い。
(ボクは信じてるからね、名雪さん、栞ちゃん)
(ペガサスとドラゴンは迷宮を突破した。ならば残るキグナスとアンドロメダには確実に止めを刺しておかねばな……)
「名雪さん。しっかりしてください、名雪さんっ!」
そのころ左の宮では、名雪と栞が危機に陥っていた。名雪は栞の呼びかけにも応じず、意識を失っている。
「だめです。名雪さんは自分ではなったジャンボミックスパフェデラックスを、自分自身で喰らって気絶してしまいました……」
このままでは、と栞は唇をかんだ。
(あなたたちの攻撃など通用しないというのが、まだわからないの?)
「でも、私のストールは私に返ってくる事はないはずです。いけっ! ネビュラストール!」
栞のストールはふたご座の黄金聖闘士に向かっていくが、なぜかその攻撃を途中でやめてしまった。
「やっぱり、ストールは戸惑っています。まるで目の前の敵がここにいないみたいです……」
それなら、と栞はストールで防御陣をしく。
「これで敵が実在したとしても、この防御陣の中には入ってこれないはずです。どうしますか? ふたご座の黄金聖闘士……」
だが、ふたご座の黄金聖闘士は意に介した様子もなく、ストールの防御陣の中に踏み込んでくる。
「やっぱりこのふたご座の黄金聖闘士はこの場にいません。だとすると、一体どこからこの攻撃を……」
全ては幻覚。そう栞は悟った。だからこちらの放った攻撃は、全てこちらに跳ね返ってきてしまうのだという事を栞は理解した。
(さあ、そろそろ息の根を止めてあげるわ。ふたご座の黄金聖闘士の恐ろしさ、たっぷりと味わいなさい)
「えうっ! これは……」
(アナザーストマック!)
突如として口をあけた異次元空間への入り口が、容赦なく栞と名雪を飲み込む。
「名雪さん、私の手につかまってください。名雪さんっ!」
なんとかストールの防御本能で危機を脱した栞は必死に手を伸ばすが、気絶した名雪はなすすべもなく時空の彼方に消え去っていく。
「名雪さーんっ!」
栞の叫びもむなしく空間の断裂は消え、再び元の双児宮に戻る。
(ストールに助けられるとは、運のいい人ね……)
「名雪さんは……どうなったんですか……?」
(アナザーストマック、別の胃袋に飛ばされたのよ)
「なんですって?」
(未来永劫そこをさまよい続ける事になるけど、心配要らないわ。もうじきあなたもそこに行くから……。アナザーストマック!)
「えうーっ!」
(その命綱ともいえるストール。今私が切ってあげるわ)
ふたご座の黄金聖闘士がストールを断ち切ろうとしたその瞬間、何故か攻撃がやんだ。
「あ……れ……?」
ふと気がつくと栞の目の前から黄金聖闘士が消え、そこには双児宮の出口がある。
「私の幻影攻撃を打ち消した? 一体誰が……」
双児宮を遠く離れた地で幻影攻撃を仕掛けていた張本人は、突如として起こった自分への攻撃にうろたえていた。
そのとき、彼女ははるか遠く離れた地から攻撃的な小宇宙が放たれているのを感じる。
小宇宙は次第に一つの形を取るようになり、それは雄々しき不死鳥の姿となる。
「フェニックス……。かつてデスクィーン島の暗黒聖闘士を一人で叩き潰したあの女か!」
だが、それは一時の出来事で、その小宇宙は徐々に薄らいでいき、やがて完全に消えた。
「お姉ちゃん?」
栞は辺りを見回してみるが、そこには誰もいない。
「いま……お姉ちゃんの小宇宙を感じたのに……」
聖域には一緒に来なかったけれど、きっとなんらかの形で自分を救ってくれたんだと栞は信じた。
幸いな事に敵の幻影攻撃はやみ、双児宮の迷宮も消えている。突破するなら今がチャンスだ。
「でも……」
(ふふふ、お馬鹿さん……)
栞が戸惑っているうちに、再び双児宮は幻影に包まれた。
(幻影が消えているうちに突破すればいいものを、これでもうあなたに逃げ道はなくなったわ)
「名雪さんが異次元空間に閉じ込められたままだと言うのに、私一人だけ逃げるわけにはいきません。ここを出るときは名雪さんも一緒です」
(もうフェニックスの奇跡は起きないのよ? あなたも異次元の果てに消えなさい。アナザーストマック!)
「守って、ストール!」
ストールは栞の身体を包み込むような防御陣形を取る。
(なに? ストールがアンドロメダの体を包み込むように変化した? しかも乙女小宇宙が増大していく……)
「私は人を傷つけたくありません。出来れば防御だけで済ませたかったです……」
栞の乙女小宇宙は、留まる事無く増大していく。
「だけど名雪さんを救うため、私はあえて攻撃に出ます!」
(なに?)
「行ってストール! 敵はここではありません。その人が何光年離れた彼方にいても、見つけ出して倒してください!」
(また、ストールの形が変化した?)
「サンダーストール!」
栞のストールは稲妻のように形を変え、彼方の敵目指して突き進んだ。
「きゃあっ!」
栞のストールははるかな時空を超え、彼方の敵を攻撃していた。
「まさか……。空間を飛び越えて、直接このわたしに攻撃してくるなんてね……」
深い闇色、見方によっては名雪のような青色の髪を持った女性が、不敵に微笑んだ。
(いいわ……双児宮は通してあげる。だけどこの先、二度と手加減はしないわ……)
「確かに手ごたえはありました……。迷宮が消えた事からも敵に何らかのダメージを与えたはずですね……」
だが、依然としてふたご座の黄金聖衣は双児宮に残されている。
「迷宮は消えたのに……。まさか」
栞が黄金聖闘士に触れようとした瞬間、聖闘士は聖衣となった。
「……やっぱり、ここは無人の宮でしたか……」
栞はこの聖衣の持ち主こそが、この戦いの元凶なのだと知った。そして、栞はこの聖衣から光と闇の悲しみのようなものを感じた。
「そういえば名雪さんは無事でしょうか? 無事に異次元から抜け出してくれればいいですけど……」
栞はそう呟くと、あゆたちの後を追って次の宮へ向かった。
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