第十話 熱戦、サソリVS白鳥
あゆと舞が天秤宮を出たときには、すでに火時計は天秤宮まで消えており、名雪の介抱を栞に任せた二人は、次の天蠍宮を目指した。
「うぐぅ?」
「……あゆも感じた?」
「う……うん……」
あゆはふと天秤宮の方向を見る。
「今……栞ちゃんの小宇宙が大きくはじけたような……」
名雪のときと同じような状況に、あゆは背筋が寒くなるような感触を覚えた。
「突然だけど、あゆ。私は前に佐祐理にこんな話を聞いた事があった……」
おもむろに話をはじめる舞。
「あるとき……傷ついてお腹をすかして倒れていた旅人さんがいたの。そこにクマさんとキツネさんとウサギさんが現われて、旅人さんを救おうとしたの……」
このときあゆの脳内では、旅人さんが祐一、クマさんが舞、キツネさんが真琴、ウサギさんが名雪に変換されていた。
「クマさんは力を活かして、とってきた肉や魚で旅人の飢えを癒した。キツネさんは知恵を活かして、とってきた薬草で旅人さんの傷を癒した。でも、ウサギさんは非力なので、旅人さんに何もしてあげる事が出来ませんでした……」
「それで、ウサギさんはどうしたの?」
「……傷が治り、体力も回復した旅人さんに食べられてしまったって……」
「うぐぅ?」
どうやら何か深い意味があるようなのだが、あゆにはその意味がわからず首を傾けるだけだった。
「舞さん……それって……?」
「ちょっと! あなたたち」
そのとき天蠍宮の奥から、さそり座の黄金聖衣をまとった少女が姿を現す。
「この天蠍宮まで来て、そう言う変な話はしないでよねっ!」
「うぐぅっ! 君は?」
「さそり座の黄金聖闘士、広瀬真希よ。さあ、受けなさい、黄金色の衝撃『ゴールデンニードル!』」
「うぐぅっ! まるで針に刺されたような衝撃が……ってあれ?」
よく見ると、あゆと舞の身体にはしっかり画鋲が突き刺さっている。凄そうな名前の割には、意外と地味な必殺技だ。
だが、ここまで死闘を繰り広げてきたあゆ達にとっては、そんな地味な技でも充分な脅威だ。
「他愛がない……とまでは言わないけれど、ここまで来れただけでもたいしたものだわ」
そのとき、凍てつくような小宇宙が天蠍宮に満ちる。
「馬鹿な……あなたは……」
真希はそこに現われた聖闘士の姿を見て愕然とした。
「キグナスの名雪……。確かあなたは秋子さんが天秤宮まで出向いて始末したはずよ……」
「名雪さん、大丈夫だったんだね!」
あゆの声に答えるように名雪は微笑む。そして、その背中には気絶した栞が背負われている。
「うん、栞ちゃんのおかげでね」
そのときの名雪の微笑みは、まるでカナリアを食べたばかりの猫のように見える。
「……栞は……大丈夫……?」
「……栞ちゃんが気絶しなかったら、もう少し続けたんだけど……」
栞は、なぜか妙に陶酔しきった表情で気絶していた。
「………………」
「………………」
「………………」
不思議な沈黙が天蠍宮を支配する。
「……だから、そう言う話を天蠍宮に来てしないでくれる?」
意味のわかった真希が、顔を真っ赤にして叫んだ。
「とにかく、こんなところは早いところ突破して、みんなで祐一のところまで行くんだお」
「出来ると思ってるの? そんな奇跡みたいな事が」
真希は名雪を揶揄するような口調でそう言った。
「まさか……奇跡は起きないとでも思っているの?」
名雪は静かに真希を睨みつける。
「なんですって?」
「奇跡は諦めてしまえば起きはしない……。でもね、諦めなければ奇跡は起こる。それがカノンなんだよ」
「なにそれ、だっさ……」
不思議と説得力がある台詞だったが、真希はそれを鼻先で軽く笑う。
「あゆちゃんに舞さん、栞ちゃんを連れて先に行って」
「でも……名雪さん一人じゃ……」
「足手まといだお」
名雪の台詞にあゆは名残惜しそうにしていたが、舞に先を促されてしまう。
「わかった、ここは名雪に任せる」
「ありがとう舞さん」
舞は栞を担ぐと、あゆと一緒に次の人馬宮に向かう。こうして、名雪と真希の二人だけの死闘がはじまった。
「あの秋子さんの一人娘の水瀬名雪。あなたとは一度戦ってみたいと思っていたのよ」
「御託はいいんだお」
二人の乙女小宇宙が次第に高まっていく。
「受けろっ! 黄金色の衝撃、ゴールデンニードル!」
「イチゴサンデー!」
お互いの技と技が交錯し、次の瞬間真希の身体はクリームに包まれた。
「やったお」
だが、次の瞬間に真希の身体を包み込んだクリームは崩れ落ちてしまう。
「え……?」
「甘いわね、その程度の技ではあたしに通用しないわ」
不敵に微笑む真希。
「それよりも自分の事を心配したほうがいいわね」
名雪の身体には画鋲が突き刺さっている。
「ほら、もう一度。ゴールデンニードル」
「うにゅっ!」
再び名雪の身体に画鋲が突き刺さる。
「ゴールデンニードルは一発で止めを刺すようなものではないわ。相手の神経に作用して、さそり座の星の数と同じ一五個の激痛を与えるのよ」
次第に真希の笑顔がサディスティックなものに変わっていく。
「一五個の画鋲が全てうちこまれる前に選ぶのね。降伏か死かを……」
そう言うと真希は、さらにゴールデンニードルを名雪の身体にうちこんだ。
「言っておくけど、今までゴールデンニードルを一五個全て受けた人はいないわ。五〜六個程度の激痛で発狂するか降伏を選んだわね」
「うにゅぅ……わたしはどっちも選ばないよ……。イチゴサンデー!」
「今更そんな技は通じないわ」
真希は連続してゴールデンニードルをうちこんでいく。これで合計九個のゴールデンニードルが名雪にうちこまれたことになる。
だが、それにもかかわらず名雪はイチゴサンデーを繰り出していた。真希はさらにゴールデンニードルを打ちこんでいくが、合計一四個受けても名雪の闘志は変わらなかい。
「ほめてあげるわ、あたしに最後のアンタレスをうちこませるなんてね……」
そう言うと真希は赤い画鋲を取り出した。
アンタレスはさそり座のアルファ星になる赤色巨星で、丁度サソリの心臓の位置に当たる事からも、特にコル=スコルピオ(サソリの心臓)と呼ばれている。このアンタレスは文字通り相手の心臓を貫き、相手に確実な死を与えるのだ。
「さようなら、名雪……」
「残念だけど……。その体勢でアンタレスを打つつもり……?」
「えっ……?」
いつの間にか、真希の足元はクリームで固められていた。
「……一体何回イチゴサンデーをうってたと思うの? 伊達にうってたわけではないんだお……」
名雪の乙女小宇宙が爆発的に高まっていく。
「最後の一発はわたしがうたせてもらうよ。これがキグナス名雪最大の拳っ!」
「ううっ……」
高まる名雪の乙女小宇宙に真希は戦慄した。
「ジャンボミックスパフェデラックス!」
凄まじいまでのクリームが真希の身体を包み込み、その身体を空中高く舞いあげる。だが、その中で真希は不敵に微笑んでいた。
「残念だけどゴールデンニードルを受けた以上、あなたの技の威力は半分以下に落ちているのよ」
真希は空中で反転すると、何事もなかったように大地に降り立つ。
「それよりも自分の身体の心配をしたらどう?」
名雪が無理に動いたせいか、先程まで名雪の身体に刺さっていた画鋲が抜け落ちてしまう。その傷口から大量の血が流れ出していくに従って、名雪からは五感が急速に失われていった。
「その傷跡から血が流れていくにしたがって、あなたの身体から五感が失われていくのよ」
「それなら、その前にあなたを倒すよ……」
「いいかげんにしなさいよっ!」
戦う事をやめようとしない名雪に、ついの真希が怒鳴り声を上げた。その表情は先程までの無機質なものとは違い、真剣に名雪を心配する表情だった。
「あなたには、秋子さんの気持ちがわからないの?」
「お母……さんの……?」
「どうして秋子さんがわざわざ天秤宮まで出向いていったと思ってるの? あなたに死んで欲しくなかったからじゃない」
名雪は黙って真希の言葉を聞いている。
「ジャムの棺に閉じ込めたのだってそう! 幾世霜の後に蘇える日が来るのを願っての事よ。秋子さんがどういう想いで、あなたを戦列からはずしたと思ってるのよ」
名雪の心に、秋子と暮らした日々がよみがえる。辛くとも楽しかった修行の日々が。
「……秋子さんに免じて命だけは許してあげるわ。数日もすれば五感も回復するだろうからね」
「……余計なお世話だよ……」
「なんですって?」
「あゆちゃんたちが必死で戦っているって言うのに、自分だけ眠ってなんていられないよ……。たとえ何十年後か何百年後かに生き返ったとしても、わたしには何の意味もないんだよ……」
「あなた……」
「あゆちゃんがいて……栞ちゃんがいて……舞さんがいて……香里がいて……みんながいるこの時代に生きているから意味があるんだよ……。それに、祐一がいない世界になんて……生きていたって意味がないもん……」
今更ながらに真希は、名雪の祐一に対する深い想いを知った。
(秋子さん……)
真希は遠く宝瓶宮にいる秋子に小宇宙で語りかける。
(あたしはいまから全力で名雪に止めを刺します。それはあたしが名雪を認めた証、いいですね秋子さん)
「ありがとう、真希さん。名雪の事をわかってくれて……」
遠く離れた宝瓶宮で娘の成長ぶりに、秋子は胸が一杯になる。
「名雪……あなたはたとえ死しても先に進むのでしょうね.友のために、そして何より祐一さんのために……」
「い……いくよ、これがわたしの最後の拳だよ……」
朦朧となりつつある意識の中で、名雪は乙女小宇宙を最大限に高めていく。
「イチゴサンデー!」
「アンタレスゴールデンニードル!」
お互いの技が交錯し、アンタレスを突かれた名雪は天蠍宮の床に倒れ伏してしまう。
「なんですって?」
勝利を確信した真希の目が、驚愕に見開かれる。
「これは生命点……。さそり座一五の星にイチゴが打ち込まれている……」
言うまでもなく聖闘士にとって守護星座の星の形は、そのまま自分の急所となっている。名雪は最後の技と技が激突する瞬間に、真希の生命点を全て突いていたのだ。
「流石の黄金聖衣もイチゴで封じられてしまっている……。あたしがまとっているのが黄金聖衣でなかったら、先にやられていたわ……」
生死の戦いには勝利したが、真希は乙女小宇宙の勝負には負けていた。
「うにゅ……」
無意識状態の名雪が、大地に倒れたまま次の宮へと向かおうとしている。名雪の身体からはすでにかなりの血が流れ出しており、もはや数分の命であるというのに、それを延命のために使わずに前進のために使おうとしていたのだ。
真希は名雪の身体を抱き上げると、血止めの急所である真央点を突いた。
「真希さん……どうして……?」
「見てみたくなったのよ」
そう言うと真希は歳相応の少女のように微笑んだ。
「あなたの、恋の行方をね」
そして、時を同じくして天蠍宮の火が消えた。
そのころあゆたちは、八番目の人馬宮に迫っていた。
「あれが人馬宮だね、舞さん」
人馬宮を守護しているのはいて座の黄金聖闘士。だが、あゆたちは誰もそれが誰なのか知らない。
一気に人馬宮に突入したあゆたちは、そこにいて座の黄金聖衣を見た。
「黄金聖衣だけが置いてあるなんて……。やっぱりここは無人の宮なのかな?」
するといて座の黄金聖衣は、突然あゆめがけて黄金の矢を放った。
「うぐぅっ!」
「あゆっ!」
叫んだ拍子に舞は栞を落としてしまい、その衝撃で栞が目を覚ました。
「びっくりしたよぉ……。もうちょっとで心臓を貫かれるところだったよ……」
黄金の矢はあゆの脇を掠め、背後の壁に突き刺さっていた。
「あゆっ! そこから離れてっ!」
舞が叫んだ。
「黄金の矢に射抜かれた場所から、閃光が……」
壁一面が崩れ落ち、その亀裂の下から文字が現われた。
「どうやらいて座の黄金聖衣はあゆちゃんを狙ったんじゃなくて、壁の下になっていたこの字を見せたかったみたいだね」
丁度そこに名雪が姿を現わす。
「良かった。無事だったんですね、名雪さん」
栞は名雪の姿に涙した。
「壁にはこう書いてあるよ『ここを訪れし少女達よ……』」
あゆが文字を読んだ。
「『祐一の事をお願いします……』」
続けて栞が読む。
「『母より……』」
最後に舞が字を読んだ。
「どうやらこれは、祐一のお母さんが残したメッセージみたいだね……」
いつ来る川から無いようなあゆたちのために、祐一の母はこのようなメッセージを残していたのだ。短い文面ではあるものの、そこからは祐一に対する深い愛情を感じる事が出来た。
そのあまりにも深い想いに、あゆたちはただ涙した。
「祐一くんのいるところまで四つ、時間も残り四時間」
あゆが手を出す。
「……前にも言ったけど、誰でもいいから残った一人が祐一のところに行って、いろいろ奢らせる」
その上に舞が手を重ねる。
「それにしても、良くここまで来れましたね。私一人だったら辿り着けなかったかもしれません」
その上に栞が手を重ねていく。
「それはみんな同じだよ。一人一人が力を出し切ったから、ここまで来れたんだよ」
最後に名雪が手を重ねた。
そして四人は、誓いも新たに次の宮へ向かうのだった。
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