第一章 火星戦線赤道戦区

 

『相沢準査、任務だ』

 午前中の訓練時間を終え、午後の静かな時間を楽しんでいた祐一は、石橋司令からの突然の通信で現実に引き戻された。

『北川軍曹の搭乗したアファームド・ザ・ハッターが消息を絶った。大至急捜索に当たってくれ』

 軍曹と言う階級ながらも、北川は各地を転戦しているベテランである。その北川が消息を絶つと言うのはよほどの事態だ。

 それでなくともMARZは火星における治安維持を目的とした超越公安組織としての立場上、現在火星上において開催中の限定戦争を興行している国際戦争公司や、DNAやRNAといった戦争業者とも潜在的なトラブルを抱えている。本来MARZはそういった勢力との直接戦闘をも視野に入れた組織であるため、こういったトラブルは日常茶飯事なのだが、だからと言って北川ほどの実力者があっさり消息を絶つということは祐一には考えられないことだ。

 逆に言えば、それは北川ほどの実力をもってしても回避できなかったトラブルと言うことになる。

(一体なにやってたんだ、北川……)

 以前から北川はとある事件を追っていた。それはこの火星における限定戦争を陰で操り、正常な遂行を妨げる謎の存在の調査だ。

 祐一は事の重大さを思いながらパイロットスーツを装着すると、愛機の待つ格納庫へと急いだ。

 

「あ、相沢くん」

「香里、俺のテムジンは準備できてるか?」

「準備OKよ。いつでも出れるわ」

 整備スタッフの香里が小気味よく応えてくれる。香里は祐一のテムジンをはじめとしたVR担当のスタッフで、主に機体整備などのハードウェアの専門家だ。また、VR回収艇の操縦や、その他の後方任務を幅広くこなす才女でもある。

 祐一はふと自分の愛機を見上げた。テムジン707S、これが今の祐一の愛機だ。

 

 テムジン707はFR‐08(フレッシュリフォー)の依頼により、RP‐07(リファレンスポイント)が開発したMBV(主戦闘VR)である。

 第2世代型テムジンとして完成の域にあった707Jも、火星戦域での戦闘では思わぬ苦戦を強いられることとなる。それというのも、火星に存在するマーズクリスタルの影響下では、VRのエネルギー源であるVコンバーター内のVディスクの活性化が阻害され、いかにテムジン707Jが高性能機であっても本来の性能が出せなかった。そのため、火星戦線で主流となっているVRは俗に第3世代と言われるVRで、マーズクリスタルの影響を抑えるフィルターが標準装備されているのが特徴である。

 テムジン707Sは第2世代型VRではあるものの、マーズクリスタルの影響を受けにくいように改修を受けており、その性能は火星戦線で主流となっている第3世代型VRに勝るとも劣らないものであるため、特務機関MARZの主力機として活躍している。

 

「それにしても……」

 祐一は愛機を見てため息をついた。

「テムジンがいい機体なのはわかるが……このカラーリングはなんとかならないものかな……」

「それはしょうがないわよ」

 そんな祐一のぼやきを、香里はしっかり耳にしていた。

「誰がどう見てもMARZ所属機だってことをわかりやすくしろ、って言うのが上からの命令なんだから」

 まあ、やむをえないな、と呟いてから祐一はコックピットに滑り込んだ。

 MSBSに連動したパイロットスーツをコックピットに接続すると、ヘッドアップディスプレイにいろいろな表示が点り、計器類が正常に作動していることを示す。香里の読み上げるチェックリストの内容にあわせ、祐一はテムジンの起動シークエンスを終了させた。

「コンディショングリーン」

「OK確認したわ」

 整備員の退避が終了すると、テムジンの機体を支えるハンガーのロックが外れる。祐一はゆっくりと機体を前進させ、エレベーターに移動させた。台の上で降着姿勢をとると、エレベーターは軽いうなり声を上げて上昇を開始する。

 テラフォーミングが途中で放棄された火星は地球ほど濃密な大気が存在せず、赤茶けた不毛の荒野が広がるばかりである。大気の希薄な火星上では外部の監視設備や防衛装備を除き、VR格納庫などの基地の主要な設備は地下に建設されている。このエレベーターはエアロックの役割も果たしているため、基地内の気密が保たれる仕組みとなっているのだ。

 やがてエレベーターが所定の位置に移動を完了すると、今度は台が水平に移動してカタパルトに接続される。

「こちらテムジン。カタパルト接続、オーケー」

『こちら司令室了解、テムジンのカタパルト接続を確認した。君のコードナンバーはテムジン1だ、健闘を祈る。カタパルト前方進路クリア、射出する。グッドラックトゥカムバック!』

「了解」

 カタパルトの脇に設置された、射出を告げるクリスマスツリーに明かりがつき、それと同時にカタパルト内の圧力隔壁をかねたシャッターが次々と開いていく。リニアカタパルトの作動を示すランプが一直線につき、全てのランプがグリーンに点灯すると同時にテムジンは射出された。

「いっけぇ〜!」

 祐一がスロットルを開放すると、テムジンは赤茶けた不毛の荒野へ飛び出していった。

 

『MARZか?』

 祐一が最初に接触した、DNA所属のVOXリーのパイロットはそう叫んだ。

 まあ、そうだろう。火星でこんな派手なカラーリングのVRは、MARZ所属機くらいのものだ。

 

 VOXリーは地球圏でも最大のVR製造メーカーであるアダックスが開発した第3世代型VRで、一連のVOX系VRの基幹となる軽量VRである。

 武装はミーロフガンシステムのみで、接近戦にはほとんど対応していないが、単機当たりの機体コストが抜群に安いため、火星戦域のDNAでは広く普及している機種である。

 もっとも、本格的なVR同士の直接戦闘に耐えうる機体ではないので、一般的には後方に配置されるか、パトロールに使われているVRである。

 

 リーが配備されていると言うことは、おそらくは近くにDNAの拠点があるのだろう。ほとんど瞬殺状態でリーを撃退した祐一はそう思った。

 その証拠に少し進んだ先にあるDNAの補給基地では、VOXダンを中心とした小部隊が展開していた。

 

 VOXダンはアダックス社を代表するVRで、ユニットスケルトンシステムの採用により、前線でのさまざまなニッチェに対応できるのが特徴である。

 元々このシステムはオラトリオ・タングラム戦役時に、アダックス社の社名がまだMV‐03(ムーニーバレー)だったころ、同社の代表的なVRであったグリス・ボックに採用されたものであった。これは基本となるVRに、あたかも二人羽織りをさせるような形でパーツを装着し、機体を構成すると言うものである。後にMV‐03(ムーニーバレー)はこのシステムを応用する形で、実体弾から光学兵器に装備換装したシュタイン・ボックという派生機を生み出している。

 火星戦域で標準的に使用されているVOXシリーズは、リーを基本にユニットスケルトンを組むことで、ダンをはじめとして、エイジ、ジョー、ジェーン、ダニー、ボブ、ユータ、マリコ、テツオ、ルーと最大数の派生型を持つに至っている。

 VOXダンはその中でもグリス・ボックに似た外見を持ち、抜群の扱いやすさと配備数の多さから火星では標準的なVRとなっている。

 

 MARZの作戦は正面に展開した部隊がおとりとなり、その隙に後方から一気に拠点を制圧すると言うものだ。そのため祐一は、比較的防御の薄い渓谷を単機で進むことになる。本来火星戦域に投入されているVRは二機で一小隊を組むのが基本だが、MARZ所属のVRは機体にフルチューンを施してあるため、単機で運用する事が多い。

「くっ……」

 ダンは狂ったようにミサイルを乱射してくるが、もともとの誘導性能がそれほど高くないのか、祐一の操るテムジンの機動性能に追いつけないようだ。

 難なくダンの内懐に飛び込んだ祐一は、ブリッツセイバーを突き刺して無力化する。

 その後の増援VRにやや苦戦しつつも突破した祐一は、そのまま渓谷に侵入する。そこの防衛に当たっていた小部隊を撃破殲滅し、進んだ先の防衛拠点ではアダックス社製のVR、VOXボブ1号が待ち受けていた。

 

 アダックス社のお家芸ともいえるユニットスケルトンシステムを採用していることで、VOXボブ1号はリーと同じ下半身ユニットを共用しながらも、上半身ユニットを換装する事で近接戦闘に重点を置いたVRとなっている。

 その機体外形はオラトリオ・タングラム戦役時に活躍したドルドレイに酷似しているが、ドルドレイはTV‐02(トランスヴァール)で開発されているため、まったくの別物だ。また、ユニットスケルトンを応用することで、脚部ユニットをVOXジョー系の装甲強化型に換装し、さらに防御能力を高めた異種同型機のボブ2号と言うものがある。これは1号と比較しても火力、装甲面が強化されており、機動性能の面では劣るもののライデンのレーザーの直撃にも耐えられるほどの防御能力を有している。

 

 ボブの重装甲は有名であるが、それはあくまでも正面方向に限定されている。そこで祐一は側面方向からのダッシュライフルを駆使し、ボブを撃退していった。

 渓谷を抜けて到達した敵拠点の防衛についていたのはテムジンであったが、それは10/80(テンエイティ)を中心とした旧型機の部隊だ。

 祐一は次から次に現われるVRにてこずるが、元々機体の性能差がありすぎるために、防衛戦力としてはいささか頼りないものがある。

 

 10/80(テンエイティ)は第1世代型テムジンを基本とするMBVであるが、FR‐08(フレッシュリフォー)が開発したテムジンをベースに、MV‐03(ムーニーバレー)が簡易量産型としてライセンス生産していたものである。その後の第2世代型VRの流通に伴い、結果的にMV‐03(ムーニーバレー)10/80(テンエイティ)の在庫を大量に抱える羽目になってしまっていた。

 そして、社名をアダックスに改名した後、火星圏に進出した同社はこの地でのVコンバーターの不活性化に対する対抗策の実験に同機を用いたのである。

 結果として火星圏にも大量の10/80(テンエイティ)が流通することになったが、当然最新型の第3世代型VRに対抗できるはずもなかった。だが、通常兵器をはるかに上回るパフォーマンスを発揮するVRは、存在すると言うだけで十分な脅威であった。

 

「どういうことだ? いくらなんでも北川がこんな旧式に……」

 祐一はなんとか敵拠点を陥落させるのに成功したが、その心には疑念の影が宿った。

「こちらテムジン1、任務完了。部隊到着まで待機する」

『こちら司令部、了解』

 お決まりの報告をした後、祐一は後方部隊の香里たちを待った。

 

「どうだ? 香里」

「ちょっと待ってて……」

 祐一たちは陥落させた敵拠点のデータベースにアクセスし、北川の所在を突き止めようとした。北川のDNAとの交戦記録から足跡をたどっていく香里の目は真剣そのもので、ものすごい勢いでデータの流れるモニター画面を凝視している。

「……大変……」

 香里の声がかすれる。

「北川の居場所がわかったのか?」

 それには答えずに、香里は震える指先でディスプレイの一点を指差した。

 そこにはただ『処刑場』とだけ書かれていた。

 

 そこにどんな危険が待ち受けているかわからない。そう言ったのは香里だ。だが祐一は、北川を救うべくテムジンを疾駆させていた。

 やがて祐一は少し開けた空間に辿り着く。そこにいたのは、処刑台に磔にされた北川のハッターの姿だった。

『相沢……ここは危険だ……』

 祐一が北川を救おうとフィールド内に足を踏み入れたときだった。突如として飛来した巨大な構造物が、二人の間に立ちふさがるように降着した。

「……ジグラット……?」

 祐一の目は驚愕に見開かれた。

 

 かつてオペレーションムーンゲートと呼ばれる一大イベントが地球圏で勃発した。そのときの最深部であったムーンゲートにおいて、多くのVRをことごとく粉砕して見せたのが、この重機動要塞ジグラットである。四基のVコンバーターによって駆動し、堅固な装甲は通常VRの攻撃をことごとく無効化し、リアルタイムリバースコンバートによって出現する巨大砲から放たれるレーザーの威力は、通常VRの放つ攻撃を大きく凌駕するものである。

 

 フロートマイン、高速レーザー、リングビーム、ナパームボム、通常VRならどれか一つだけでも致命傷になる強力な攻撃が連射されてくる。やがてジグラットは変形を開始し、巨大なレーザーがハッターに照射された。

『ぬがああああああっ!』

 北川の叫びがこだまする。だが、祐一も負けてはいない。ジグラットが砲撃形態に変形する時に生じる構造体の隙間、その構造上どうすることもできない唯一の弱点に、祐一はできる限りの攻撃を叩き込んでいた。

 激しい攻防戦の末ジグラットは爆散し、祐一は勝利を収めた。

『サンキュー……』

 間一髪のところで助け出された北川は、祐一に向かってそう言った。

 

「北川軍曹は重症だ。命に別状はないが、当分の間任務につくことは難しいだろう」

 あいもかわらず石橋司令は、淡々とした口調で事実のみを告げる。

「そこで相沢準査を三査へと昇格し、当面の任務についてもらうことになる」

 祐一に三査の辞令と階級章が手渡された。

「北川軍曹が追いかけていたのは当局が長年追い続けていたターゲットだ。いいところまで追い詰めたのだが、残念なことに取り逃がしてしまった。ジグラットに阻まれた形だな……」

 ここで石橋司令は一息ついた。

「そこで当局では大規模な捜索活動を行うことにした。貴官は木星戦区に出向し、表向きは戦域調査の名目で陽動作戦に従事してもらう。僚機と共にがんばってくれたまえ」

「僚機ですか?」

「入りたまえ」

 石橋司令に呼ばれて部屋に入ってきたのは、名雪だった。

「名雪……」

「すでにフォース火星艦隊所属、強襲母艦『アイゼルスター』の定位リバースコンバートによって、水瀬準査と転送してもらう手はずは整っている。二人で協力して事に当たるように。以上だ」

 にこやかに敬礼する名雪の笑顔が、今の祐一には重かった。

 

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